死者霊と愛
愛し合う相手が突然亡くなってしまったら……。貴女は悲嘆に暮れ、幽霊でもいいから会いたいと思うようになるでしょう。愛していた人の霊はその愛が深ければ深いほど、成仏できずに、貴女を見守っていてくれるにちがいありません。ここでは、そんな愛を持ち続けた死者霊の話を紹介します。
私の命を守ってくれる彼の霊相沢真紀子さん・28才・千葉県
彼は死んでしまいました。私をかばい、包丁でメッタ刺しにされたのです。犯人は私と同じ会社の同期で、以前から交際を申し込まれていたのですが、いつもきっぱり断ってきました。その人は陰気で友達もおらず、全く好意が持てませんでした。そして何より私には愛する彼がいたからです。
私と彼-誠司は大学の同じゼミで知り合い、卒業間近に彼から告白されてつきあい始めました。私も彼のことをずっと好きだったので、告白された時はうれしくてたまりませんでした。その後は毎週末、手をつないで外出したり、1人暮らしの私の部屋でゆっくり過ごしたり……。私たちはそうして愛を育んでいきました。そして、3年目の私の誕生日。ケーキのろうそくを消した私に彼はやさしくキスをして「これからずっと何年後も、一緒に誕生日を過ごそうな。何が起こってもオレは真紀子を一生大切に守っていくから」と言ってくれたのです。私は感激で泣いてしまいました。(何が起こっても、この人が守ってくれる)という安心感は、女性にとってかけがえのない心情です。私は彼との輝かしい未来を夢見て、彼の肩にもたれかかりました。
「何が起こってもオレは真紀子を大切に守る」その言葉は意外にも早く、最も皮肉な形で証明されることになりました。2人で食事をした後、私の部屋に戻ってきたことのことです。廊下の角からサッと人影が現れました。そして、私に向けて腕を振り下ろしたのです。一瞬固く目を閉じた私ですが、彼が私を抱きしめていることしかわかりませんでした。そして、腕を振り下ろした相手が「わぁーっ」と叫びながら階段を走り降りる姿が見えました。まちがいなく、その顔は私にしつこく交際を迫っていた同僚でした。そして彼は私を抱きしめたまま、ズルズルと崩れ落ち、廊下にあおむけになって倒れてしまったのです。背中にはあちこちから血が噴き出していました。
私は悲鳴を上げると、彼の体を抱き起こし、すぐに救急車を呼びました。でも、彼は即死で、最期の言葉さえ聞けなかったのです。
犯人はすぐ捕まり、交際を断り続ける私に恨みを持ち、殺してやろうと思って待ち伏せしていたと自供しました。彼と一緒に帰ってくるとは予想外だったそうです。彼は全身で私を守って死んでしまったのです。
毎日泣き明かす日が続きました。心配した両親から郷里に帰ってくるよう言われ、私も誠司との思い出が多すぎる部屋にいるのは辛くて、部屋を引き払ったのです。
郷里でも私は仕事をする気になれず、家でボーッとする日々が続きました。そんな私を心配して郷里で暮らす高校時代の人たちが飲み会を開いてくれたのです。高校時代の思い出話に花を咲かせているうちは誠司のことを忘れていられ、久しぶりに声を上げて笑いました。
そして帰り道、最後まで道が一緒だった友人と手を振って別れ、青信号の道路を横断しようとした時です。左側から猛スピードでトラックが走ってきました。思わず足がすくむ私でしたが、一瞬すっと体を持ち上げられた気がして、信号を渡り切ったところに座り込んでいました。走った覚えはありません。確かに抱き上げられ、道路の向こう側に運ばれたのです。ごつごつした手の感触さえ残っているようでした。
(誠司だ。誠司が私を車から守ってくれたんだ!)
「誠司、ありがとう」私は座り込んだまましばらく泣きじゃくりました。
その翌年のことです。ようやく介護施設に就職した私はやりがいのある毎日を過ごしていました。体が不自由だったり、痴呆状態だったりする高齢者の世話をすることは、誠司に2度も命を救われた私にできる、せめてもの恩返しのように感じたからです。
しかし、ここでも事件は起きてしまいました。1階の調理場から出火し、施設が火事になってしまったのです。私たち介護スタッフは高齢者を誘導し、消防車が来るまでに避難させていきました。でも、足が不自由なはずのAさんの姿が見当たりません。私は施設の内部に戻り、「Aさーん、Aさーん、どこですかーぁ?」と声を張り上げました。すると、2階の廊下の突き当たりの部屋からか細い声が聞こえてきたのです。
私はそのドアを開けて息を呑みました。誠司がAさんを抱きかかえて窓辺に立っていたからです。「誠司……なぜ?」その問いをAさんの「助けて」という声が消し去りました。誠司は穏やかな笑みを浮かべて私に手招きしています。私は慌てて彼のそばへ駆け寄りました。
すると、誠司は右手に私、左手にAさんを抱いて窓から飛び降りたのです!
その後、消防車が到着した時には2階にまで火が回り、私とAさんは危機一髪で火から逃れたと言われました。しかも2階から飛び降りたというのに、2人とも全くケガがなかったのです。Aさんには誠司の姿は見えなかったようでした。
(誠司、ありがとう。貴女は3度も私の命を守ってくれた。私の誕生日に誓った「何が起こっても一生守る」という言葉を実行してくれているのね)
私は誠司が霊となって、いつも私を見守ってくれているのを感じました。
(誠司のおかげで私は生きていられる。でも、このままじゃ誠司はずっと成仏できない。私はもう大丈夫だから、あの世へ行って安らかに眠ってください)
私は電話占いで見つけた霊能者に除霊・浄霊を依頼しました。霊能者がお経のようなものを唱えている間、涙が止まりませんでしたが、やがて霊能者が「除霊・浄霊は終わりました。彼はあの世へ旅立って行きましたよ」という言葉を聞いて、心が安らかになったのも事実です。
これからも、人生には何度も危機が訪れるでしょう。死にたくなるような辛い目に遭うこともあるかもしれません。でも、私は誠司が救ってくれた命を大切にしながら生きていこうと思っています。